香川県高松市の小児科・アレルギー科・小児循環器内科 医療法人社団裕心会 あきた小児科クリニック

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青空がのぞく診察室から

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2009年04月29日

1個の坐薬

大学を卒業して国家試験に受かり、晴れて医師免許をもらって医師と呼ばれるようになっても、まだ医師とは言えません。

僕が大学で研修を開始した当初、今でも覚えている出来事があります。初めて受け持ち患者を持たせてもらい、所見の取り方やカルテの書き方の指導を受け、指導医の病状説明を横で聞き、なんとか1日を無事に終えた夜のことでした。当然のことながら、夜遅くまで医局で残っていました。
「先生、○○ちゃんが熱を出しているので、病棟まで来てください」と看護師さんから声がかかりました。行ってみると、高熱でつらそうな受け持ち患者さん・・・「先生、どうしましょうか?」そう言えば、発熱の時の指示は出してなかった気がする・・・。でも、どうしていいかがわからない。あわてて医局に戻って居合わせた先輩医師に聞くと、「何歳?1歳?それならアンヒバ坐薬の100mgを1個入れておけばいいんだよ」というお答え。急いで病棟に戻ってその通りに伝えると、「1歳といっても体重が少ないけど、1個全部入れていいんですか?」という、個々の患者に即した質問。もう一度医局に戻ってその通りに聞くと、「それなら3分の2ぐらいにしとけ」と。それでようやく”アンヒバ坐薬100mgを3分の2個肛門から入れるように指示する”ということがわかり、一件落着したのでした。あくまでも看護師さんとのやり取りだけなので、お母さんには看護師さんの対応が遅いように映ったかもわかりません。しかし、研修開始当初の実状は万事こんな感じで、医師というより指導医と看護師さんの間のメッセンジャーボーイでした。指導医だけでなく、ベテランの看護師さんが指導してくれた部分も大きかったように思います。

お母さん「若そうな先生でよかったね」(ホントは頼りない先生と思ってるんだろうなあ)
お母さん「親しみやすい先生で安心」(それより信頼できそうな先生と思ってもらいたいなあ)
お母さん「話しやすそうな先生だよね」(先輩医師は近寄りがたい雰囲気があって貫禄があるからなあ、うらやましいよ)
子ども「何でまた先生が替わったの?前の先生がよかったのに」(みんな同じ病院で長く勤務していたいんだけどねえ、医局ってそんなところだから、ゴメンよ)
カッコ内は当時の僕の心のつぶやきですが、最後のような子どもたちの素直な言葉は、その後も病院を異動する度に時々心に突き刺さるのでした。

今では反対に、診察が終わって診察室から出ていく時の子どもたちの声に励まされています。「ありがとう」「サヨナラ」「バイバ〜イ」が多いのですが、「また来るね」と言ってくれることもあります。中には診察に来る度に自慢のオモチャや宝物を持って来てくれる子どもさんもいます。医師になりたての頃とは逆で、今では「歳よりも若そう」「親しみやすい」「話しやすい」ということはある意味では一つの目標でもあります。

投稿者 staff : 18:13

2009年04月09日

傷が語ること

子どもたちがまだ幼かった頃のことです。やんちゃ時代の男の子二人がふざけていて、弟が階段で思いっきり仰向けに転んだらしいのです。大きな泣き声とともに、「おかあさん!おとうさん!」という兄の叫び声がしました。行ってみると、階段の一番下で弟が後頭部からダラダラと血を流して倒れていました。グッタリせずに泣いているし顔色も悪くはなかったのですが、傷口が5センチぐらい開いていたので、早めに縫合する必要がありました。

日曜日でしたが、当時勤務していた高松赤十字病院の救急室に電話連絡をした後、急いで連れていきました。母親が車中で彼の後頭部を押さえていたタオルは、病院に着いた頃には真っ赤に染まっていました。「今日の日直の先生は整形外科ですが、今ちょうど飛び込みの緊急手術に入ったところなんで、外科患者さんは他に行ってもらっているんです」当直看護師が申し訳なさそうに言いました。「外科の先生を呼び出してみましょうか?」そう付け加えてくれたものの、自分の子どものことでせっかく休んでいる同僚の外科医を呼び出すのも何となく申し訳ない気がしました。「ゴメン、僕が自分で縫合するから手伝ってくれる?」

一般的に小児科医は内科系なので、縫合などの外科処置はほとんどやりません。しかし、僕は小児循環器が専門だったので、赤ちゃんの心臓カテーテル検査や重症児の中心静脈確保などで何度も縫合する機会がありました。高知や福島でいた時には大人の外科縫合もやっていました。そんな背景もあり、出血も多いので早めの処置に踏み切ったのでした。目の前で泣いている子どもが自分の子どもだと思うとうまく出来ないので、傷口に集中して型どおりに処置を進めていきました。終わってみると、押さえつけられて泣いていた子ども以上に汗ぐっしょりになっていました。何とか止血もできて、検査で貧血がないのを確認して帰宅しました。

傷口がやや大きかったために、彼の後頭部をよく見ると今でも傷跡がわかります。幼稚園時代の先生によれば、友人たちに「お父さんに縫ってもらった傷なんだぞ」とその傷跡を自慢していたらしいのです。けれど、小学生ともなってくると、当然ですが次第に傷口を隠すようになってきました。幼稚園時代とは逆に、“なければよかった”傷と思っていたはずです。そろそろ本格的な思春期に入っていく訳ですが、この傷はこれからの彼にどんなことを語っていくのでしょうか。願わくば成長したあかつきに、「そう言えば、これはお父さんに縫ってもらった傷だったねえ」と笑い話にしてくれるような、そんな男になって欲しいと思っています。父親である僕にとっては、彼との親子の証のような傷跡なのです。

投稿者 staff : 21:11

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