香川県高松市の小児科・アレルギー科・小児循環器内科 医療法人社団裕心会 あきた小児科クリニック

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青空がのぞく診察室から

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2009年01月30日

二頭のイルカから二頭のクジラへ

年末の大学医局の忘年会で久しぶりに恩師に会えました。小児科に入って小児循環器専門医を志した頃からの先輩で、診断法や検査手技に始まり、医学博士の学位論文に至るまで、公私ともに指導してもらいました。今は総合病院の副院長として活躍中ですが、「昨日よりも今日、今日よりも明日、とにかく少しでも前進を」とずっと教えてもらってきたので、お会いするといつも新たなエネルギーがもらえます。

小児循環器の勉強を始めて間もない頃、一緒に小児循環器学会に出掛けました。自分たちの発表が終わり、二人で近くのデパートへ医局の土産物を買いに行った時のことです。そこでたまたまポスターや写真パネルの展示会をやっていたので入ったのですが、その中でとくに目を引いたのが、二頭のイルカが大きく逞しくジャンプしているパネルでした。「どう、気に入った物ある?」と尋ねられたので、その二頭のイルカの話をしました。それを聞くが早いか、あっけにとられる僕を尻目にさっと会計と配送手続きを済ませられたのです。「僕からのプレゼントだから」と。当時、僕が大学からもらっていた給料の半分ぐらいの値段でした。この二頭のイルカのように、医師として大きく逞しく成長して欲しい・・・そんな思いを込めてくださっていたのではないでしょうか。

それから何度も引っ越しをしましたが、二頭のイルカの大きなパネルはいつも僕の机の前方に掛けられて、約20年間励まし続けてくれています。イルカたちに迷いを語りかけたことも何度かありました。

開業する決心をしてから、自分のクリニックのシンボルとなるような絵を探し求めていた時期が長く続きました。なかなか気に入った物が見つからなくて、いっそあの二頭のイルカたちを連れて来ようかと思っていた矢先、偶然飛び込んだギャラリーで二頭のクジラと出会いました。大空にぽっかり浮かんだ雲の親子クジラのパステル画は、自分の目指すクリニックのイメージそのものでした。
写真も絵も見る人それぞれに感じ方は違いますが、僕は待合室に掛けてあるこの雲の親子クジラのイメージで診療していきたいと考えています。若い時にいただいた雄々しい二頭のイルカが僕の医師としての出発点ならば、日だまりのような二頭のクジラが医師としての最終到達点であれば、と思うのです。

投稿者 staff : 08:45

2009年01月29日

雪の朝

日曜日の朝は久しぶりの雪化粧でした。クリニックの所用があったので早めに車で出かけたのですが、あちらこちらで子どもたちが雪だるまを作ったりして遊んでいました。

僕が生まれた徳島も香川と同じであまり雪は積もらないので、たまの積雪は楽しみでした。まとまった雪が積もった広場は、子どもにとって遊園地以上の楽しさでした。僕が幼稚園の頃のことです。友だちと雪投げをして、雪だるまを作って・・・6歳だった僕は一生懸命に作った雪だるまを大切に家に持ち帰りました。まだ仕事から帰って来ていなかった父親に見せたかったのです。それまで壊れたらいけないので、母親に踏まれたりしないようにコタツの中に隠したのでした。当時のコタツは今と違って練炭の掘りゴタツでした。
しばらくして父親が帰ってきました。勇んで見せようとコタツの布団をめくった僕の目に飛び込んできたのは、自慢の雪だるまではなく、水浸しのコタツでした・・・。

この話は、僕が一部始終を覚えている訳ではありません。自分の中ではおぼろげに「そんなこともあったなあ」という程度です。しかし、両親とくに母親が、何かにつけて「そう言えばこんなこともあった」と僕の子どもたちに”お父さんの思い出話”を語る時によく出てくるエピソードの一つです。母親が語るその話を何度も聞かされるうちに、自分の中ではさもしっかり覚えていたかのように情景を造り上げているだけのようです。いずれにしても、子どもにとってはどうでもいいようなそんなエピソードでも、親にとっては大切な宝物なのでしょう。

僕が子どもだった頃は、写真のみが思い出の記録媒体でした。それがテープで声が残せるようになり、写真がビデオになり、デジタルになり、DVDになり・・・複製も簡単にできるようになりました。セピア色のたった数枚の写真が、とても多くの思い出を語ってくれることもあります。反対に、デジタル化された膨大な量の写真やビデオでさえも、伝えられない想いや感情があります。日曜日のような雪の朝でも、映像で雪の白さは教えられますが、雪の冷たさは伝えられません。多くのものがデジタル化された現代だからこそ、記録では残せない想いや心の襞を感じ取れる子どもでいて欲しいと思います。

投稿者 staff : 20:55

2009年01月25日

日曜日の朝

子どもたちが幼かった頃、平日は起こしてもなかなか起きないくせに、日曜日の朝だけは親たちよりも先に起きたていたものでした。普段はケンカをしていても、その朝だけはお互いに協力し合って早起きしていました。お目当ては朝7時から4本続くテレビの子ども番組でした。おなじみの「○○レンジャー」とか「○○マン」といった戦隊シリーズや平成仮面ライダーシリーズなどがお目当てでした。

僕が幼稚園や小学校低学年の頃は自分の家にテレビがなかったので、友だちの家に行って見せてもらっていました。当然、白黒テレビでした。「鉄人28号」や「エイトマン」といった番組がテレビっ子少年への入口でした。しかし思い出してみると、鉄人を操る正太郎くんという子どもは、拳銃を撃ったり自動車を運転したりしていていました。別の番組でも、未来から来た少年はタイムマシン型の自動車を運転していました。宇宙空間でも、何の装具もなく呼吸ができていた少年もいました。

もちろん子どもの目にはそれが当然でしたが、子ども心を失ったのか、あるいはいらない知識を身に付けてしまったのか、子ども番組をそのまま素直に見られない大人的な自分がいます。それと同じようなことが、医療ドラマを見ているとたまに起こります。「そんな心臓マッサージの仕方では効果がないだろう」とか、「点滴が落ちていないぞ」とか、ドラマの内容とは無関係なところをチェックしたがっている自分がいます。

自分の子どもたちを毎日見ていても、細かいアラ探しや文句を付けるところばかりを探している自分がいます。そんな枝葉の部分ではなく、彼らの状況や心境の本音を見る目を養いたいと思います。

投稿者 staff : 16:50

2009年01月15日

敗戦の夜

先日、子どもが武道の試合で惨敗して帰ってきました。彼の力不足、努力不足といえばそれまでなのですが、励ましたり茶化したりするのも気が引けるような帰宅時の雰囲気でした。一時の不調を脱して再び自信を取り戻した矢先の敗戦だったので、一層ダメージが強かったようです。こんな時、ちょっと以前の彼ならば自ら敗戦を語ったり、別の話で気を紛らわせたりしていたものですが、その日だけはとても寡黙でした。

親とすれば、子どもには失敗することもなく、苦労することもなく、すべて順調に行って欲しいと願うものです。その反面、子どもが失敗も挫折も苦労もせずに育っていくことの危険性もよくわかっています。それを知っていながらも、やはりこんなシーンはなるべく避けたいものです。この日は子どもとの距離の取り方に迷いながら、あまり言葉をかけることもなく数時間が過ぎていきました。

日が落ちて2〜3時間たった頃、彼は急に竹刀を握ったかと思うと、底冷えのする中を黙って外に飛び出して行きました。何かを吹っ切ろうとしたのでしょうか、あるいは何かが吹っ切れたのでしょうか、とにかく必死になって庭でタイヤ打ちを続けていました。まあ、そうやって苦しみながら大きくなっていくんだよなあ・・・失敗続きだった自分の青春時代を重ねながら、彼の竹刀の音を黙って聞いていました。

鏡開きのぜんざいができたと呼びに行った時には天候も良くなり、きれいな月明かりが彼の汗を映し出していました。今日は行けなかったけれど、次の試合は必ず見に行ってやろう・・・そう思いました。

投稿者 staff : 08:37

2009年01月14日

大切な「誰か」

現在の日本は、ある意味で子どもたちにとって育ちにくい場所なのかもわかりません。ちまたには食べ物が溢れている、モノは使い捨てられている、時間の流れはただあわただしく過ぎていくばかり。一見豊かで便利なこの状況は、子どもたちが自ら工夫をしたり、自分で苦労して手に入れたりすることを学ぶ機会を奪ってしまっているからです。

余裕があったはずの大人たちにも余裕がなくなり、親しく付き合えるはずのご近所とも顔を合わせる機会が減り、ニュースといえば不況や失業、犯罪など暗い話題がほとんど・・・一億総不安社会といえる昨今では、時代を、国を、そして自分の周りの環境を、悲観したり嫌ったりする人が増加しています。それに比例するかのように、自分を、家庭を、そして境遇を嫌う子どもたちも増えています。

けれど、成長期の子どもたちにとって一番大切なことは、自分自身のことがまあまあ好きな子どもに育っていくことです。もちろん、自分のことが大好きなら言うことはありません。特に思春期になった頃に「自分のこんなところは嫌いだけど、こんな部分は好きだから、自分も案外捨てたもんじゃない」と思える子どもになってもらうことです。そのためには、次のようなことを思い描ける子どもでいて欲しいのです。

「自分は誰かに大切にされている」
「自分は誰かに大事に思われている」
「自分は誰かに気にかけてもらっている」
「自分の存在は誰かに喜ばれている」
「自分は誰かに必要とされている」

それがたとえ誰か一人でも、たった一人であっても、そんな”誰か”を持っている子どもは強いと思います。何かあっても、大きく道を外すことはないと思います。人と人とのつながりが多いようで、実際は希薄なつながりばかり・・・そんな時代だからこそ、子どもたちが自然に上のような思いを抱けるような、そんな関わりを続けていければと考えています。

投稿者 staff : 13:34

2009年01月12日

イニシャルHO

もうすぐ大学入試のセンター試験です。街でも受験生らしい人たちとよく出会います。僕の頃はセンター試験どころか共通一次の時代でもなかったので、大学入試は一発勝負でした。僕も浪人生活の数年間、いつもこの季節は不安とプレッシャーの渦の中で過ごしていました。そんな時に支えてくれたのは、両親の言葉でもなく、先生や友人でもなく、HOというイニシャルのシンガーでした。昼間は歌を聴ける立場ではなかったので、深夜布団にもぐり込んでからカセットのスイッチを入れるのか日課でした。

今時のウォークマンやiPodと違ってミュージックテープだったので、最後まで聴けば勝手に電源が切れてくれます。自分と同世代のその歌声を聴きながら、毎晩眠りについていました。朝に目覚めたら、両耳にヘッドホンを付けたままだったということがよくありました。大学浪人というものは明日の保証がまったくないので、「このままずっとダメかもしれない」という不安に押しつぶされそうな自分と毎日戦っていました。

不安解消といえば、幼児がお気に入りのタオルを手放せなかったり、爪かみが止められなかったりするのも不安や緊張の表現の一種です。親御さんとしては気になるそんな行動も、不安や緊張の解消には役立っています。むやみに止めさせたりせず、見守ってあげるのが最前の道だと考えられます。

今の時代は、大人も子どもも一億総不安時代ではないかと思います。不安を解消する方法は、やはり周囲の人が関わってあげて、関わり続けて、支える姿勢を忘れないことだと思います。頑張るように激励することと、支えることとは別物だと思います。自分の都合で激励するのではなく、相手の状況に合わせて支えてあげることが重要なのだと思います。子どもがピンチの時こそ、それに気づいてあげて支え続ける“支援力”が大切なのだと思っています。

ところで僕のウォークマンは、今もイニシャルHOがメモリーの一部を占め続けています。

投稿者 staff : 19:15

2009年01月11日

ピンクのあきたせんせい

去年の春のブログに、スタッフの女性陣のことを「あきたせんせい」と言って慕ってくれている男の子たちのことを書きました。今年患者さん方からいただいた年賀状の中に、「あきた小児科クリニックの看護師さんたちのことを、我が家の子どもたちは『ピンクのあきたせんせい』と呼んでいます」と書いてくださった方がありました。

開院当初から、看護スタッフは「チェロキー」という外国製の看護衣を着用しています。一般的な白衣と違って動きやすく、しかもかわいくてやさしい感じのスタイルなので、小児科にはふさわしいと考えています。当初はピンクとブルーの2色でスタートして、後からパープルも追加したのですが、子どもたちにはピンクの印象が強いのでしょうか。でも、『ピンクのあきたせんせい』と親しみを込めて呼んでいただけるというのは、とてもありがたいことだと思っています。

受付スタッフも、今年に入ってからイエローのワンピースがブルーに変わったことに気づかれたでしょうか。今度は『ブルーのあきたせんせい』とでも呼んでやってください。こうした衣装もすべて本人たちに任せてあるので、次回のイメージチェンジはどんなものになるのか、実は僕もちょっぴり楽しみにしています。

今後は一般的な白衣や看護衣ではなく、チェロキーのようなタイプが増えていくと思われますが、生き生きと前向きな気持ちで楽しみながら仕事をしていれば、このスタイルもより一層映えることでしょう。スタッフにはいつも無理や負担をかけてばかりいるので、少しでも仕事しやすい環境を、と心がけてはいるのですが・・・。

投稿者 staff : 17:13

2009年01月04日

福袋

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

元旦の午前中、家族全員でゆめタウンとサティに繰り出しました。目的はただ一つ、衣類の「福袋」です。早朝から並んだりするとブランド物などがゲットできるのでしょうが、僕を筆頭にみんな朝早くから並んだりするのは大の苦手なので、毎年昼前に出掛けて行って、買える物を買うのが常です。特に男どもが成長期なので、福袋は結構役立ちます。来年はイオンにも行ってみようと思っています。

ゆめタウンのミスドでは、「ドーナツ20個に景品付きです」という言葉につられてミスドの福袋(福箱?)を衝動買いしました。帰ってさっそく食べようとして大きな箱を開けたら、入っていたのはドーナツそのものではなくて、ドーナツ20個分との無料引換券でした。どうやら「ドーナツ20個の引換券に景品付きです」と言っていたのを聞き逃していたようです。スズメに大きなつづらをもらって帰って、喜んで開けてからガックリした「舌切り雀」の物語に出てきたおばあさんの心境でした。ちなみに、宝くじの年末ジャンボも例年通りに惨敗でした。

ところで、処方に関しても“福袋”はないと思います。何でもかんでもドッサリ処方は考えものです。たとえば、カゼのような明らかなウイルス感染症には抗生剤は不要です。咳が出ているからといって、闇雲に気管支拡張薬のテープを貼る必要はありません。下痢も無理に止めるとかえって良くない場合があります。インフルエンザ、即タミフルでもありません。けいれんがある場合や気管支喘息発作の時には勧めたくない薬もあります。重症不整脈の一種であるQT延長症候群では、抗生剤の種類にも注意が必要です。こうした処方上の留意点は最近よく言われている問題ですが、処方する自分たちも何でもかんでもドッサリの“福袋”処方にならないよう、心がけたいと思います。

クリニックの診療や運営に関しても、“福袋”や“宝くじ”は期待できません。多くの方々に信頼してもらえるような診療を、地道にコツコツ続けていくことが最善の道なのだと思います。
明日は2009年最初の診療日です。


投稿者 staff : 18:19

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