香川県高松市の小児科・アレルギー科・小児循環器内科 医療法人社団裕心会 あきた小児科クリニック

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青空がのぞく診察室から

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2008年11月30日

新顔パソコン

いろいろな原稿書き、講演会用のパワーポイント、デジカメの写真整理、ウォークマンのプレイリスト、そしてクリニックの資料作成からネットショッピングに至るまで、すべてを5年ほど前に買ったバイオノート1台でまかなっていました。長年の酷使がたたったのか、あるいはデータが大きくなりすぎたのか、1か月ほど前から動作が非常に不安定になっていました。クリーンアップをかけても変わらず、先日はハードディスクの動作音までおかしくなってフリーズを繰り返すばかりでした。この間にメールを頂いた関係者の方には結構ご迷惑をお掛けしてしまいました。当然、ホームページの更新もこのパソコンでやっていたため、ブログの追加ができませんでした。

そこで先週、院長室にデスクトップ型のバイオを購入し、ようやく以前に近い環境まで持ってくることができました。デスクトップ型のパソコンを買ったのは10年以上前に富士通のものを買って以来、2台目です。その富士通のデスクパワーは主役を引退した後も、高松日赤のNICU当直室でしばらく活躍していました。でも、今回のパソコンの力量と比較すると、ジェット機と自転車ぐらいの差に感じます。

大学を卒業して初めて医学論文を書いた時はすべて手書きでした。30枚近い原稿の終わり近くまで頑張って書いて、初めの方に手直しのしようがない大きな間違いを発見して悲嘆に暮れることが何度もありました。それからしばらくしてワープロが手の届く値段になり、ワープロで原稿を書くようになった時の手軽さは比べようがありませんでした。それでもスライド発表などの原稿は、いろいろ切り貼りして悪戦苦闘していました。

その数年後にはワープロに代わってパソコンが主流となり、論文を書くのも(ここ数年は書けていないけど)、学会や講演会のスライドを作るのも(今はスライドじゃないけど)、本当に楽になりました。しかし、人とは不思議なもので、一旦楽な方法を覚えてしまうとそれが当たり前になってしまいます。安易に手に入ったり、手軽にできてしまったり・・・それを当然のように思いこんでしまいます。今回、パソコンの不具合が続いた時に、つくづくそう感じました。
今の日本の子どもたちは、物心ついた頃から楽な環境で生活しているはずなので、これって結構怖いことなんじゃないかなと思います。適度な苦労や不便さは、子ども時代に経験させておくべきだと思っています。
・・・新顔パソコンでの初投稿でした。

投稿者 staff : 21:11

2008年11月04日

目立つ所見の陰に

小学4年生に行われる秋の心音図一次検診もほぼ終わり、精密検査に回ってくる子どもさんが増えてきました。僕のクリニックも心臓超音波検査やトレッドミルなどの心臓精密検査に必要な装備を揃えてあるので、心臓精密検査医療機関に登録されています。高松市の心音図や心電図判読委員もやらせていただいている関係上、必然的に数多くの心音図や心電図を見る機会があります。高松日赤時代ほどではありませんが、心臓超音波検査も年間で約350〜400件検査しています。

こうした検査時には明らかな異常所見や大きな問題点があると、そこばかりに目が行きがちになります。たとえば心臓超音波検査で心室中隔欠損などの先天性心疾患が見つかると、それで診断を終わらせてしまう危険性があります。なかには大動脈が狭くなる大動脈縮窄などが合併していることがあり、その場合は治療方針や予後が大きく変わってきます。けいれんなどで検査する脳波検査も同様で、目立つ所見の陰にこそ、大切な所見が潜んでいることがあります。これは診療全般に言えることで、目立たない部分をいかに見落とさないかが重要なことです。

子どもの言動も、これと同じことが言えると思います。生意気な口を利くようになった、急に乱暴になった、弟や妹にいじわるをするようになった、やたらと甘えるようになった、赤ちゃん返りが始まった、爪かみや指いじりが増えた、買い物に行ってもおとなしくできずに困る・・・子育ての現場でよく見られるシーンです。僕たちは子どもたちのこんな表面的な部分に目が行きがちになるものです。

でも、生意気な口を利くようになったのは自我が成長してきた証拠かもしれない、乱暴になったのは不安や不満の表現かもしれない、いじわるをするのも親の注意を引きたいだけなのかもしれない、甘えたり赤ちゃん返りしたりするのももっと構って欲しいという表現かもしれない、爪かみや指いじりは口出しや小言が多すぎるからかもしれない、じっとしていないのは子どもには退屈だからかもしれない・・・。

生意気なことを言ったと思ったら素直に応える時もある、乱暴やいじわるをすることもあれば面倒を見て助けてくれることもある、甘えん坊と思っていたら意外にちゃんとした意見を言ったりもする、緊張しやすい子どもほど真面目にちゃんと取り組むことができる、買い物でも手伝いなどの役割を与えると楽しそうに付いてこられる・・・ふだん目に付きやすい部分と違うところを見落とさないように気を付けていると、大事な発見があったりします。
大きな所見や目立つ言動の陰に、大切な真実が潜んでいることも多いと思います。

投稿者 staff : 08:32

2008年11月03日

初任給の行方

研修医制度が今とは違うので単純には比較できませんが、20数年前に大学を卒業して小児科に入局し、大学病院で研修医として働き始めた時は時間給制の日雇い職員扱いでした。病棟や医局から帰るのはたいてい夜の11時過ぎでしたが、当然時間外手当は出ません。その上に、通常勤務時間に何時間働いても、賃金を支払ってくれる時間数が決められていたため、毎月8〜9万円程度の給料でした。1ヶ所だけ兼任業務が認められていて、研修医時代は保健所の健診が主な兼任先でした。こちらは月数万円の手当だったので、大学時代は合わせて10数万の月収でした。なかには「僕は1日4時間分の日給をもらっているだけなので、4時間以上は仕事しません」と言ってさっさと帰ってしまう強者もいました。

まあ、それはさておき、5月に入局して6月に初めての給料をもらいました。学生時代に手にしたバイト代とは当然趣が違います。この初任給をどうしたものかと、いろいろ考えました。ずっと心配を掛け続けてきた両親にあげるか?“でも、どうせあげても自分たちのために使ったりせずに、記念に保管しておくか僕の名前で貯金するかのどっちかだろうなあ”と思ったのでボツ。学費という名のこづかいを何度もくれた祖母に何か記念の品をプレゼントするか?“しばらく前に2人で八十八ヶ所のドライブ旅行に連れて行ってあげたから今回はガマンしてもらおうか?”ということでこれもボツ。一人っ子なので大盤振る舞いをしてあげる兄弟もいないし、貯金というのもつまらないし・・・とにかく何かの形で残したいと思いました。

そこで、自分の腕時計を買うことにしました。高校の入学祝いに買ってもらった時計をずっと使っていましたが、ずいぶん傷んでしまって遅れも目立っていたからです。結局、初任給のほとんどを使ってシチズンのエクシードという腕時計を買いました。大学病院時代はスケジュールがいろいろあるので、腕時計は必需品でした。ところが、勤務先が替わってICUやNICUへの出入りが多くなると、1日に何度も腕時計を外して手洗いをしないといけないので、次第に腕時計をしなくなりました。たまに掛けて仕事に行くと、決まってNICUの予防衣の中に置き忘れてしまい、「あの〜、僕の腕時計が残っていませんでしたか?」と電話をかける羽目になってしまうのでした。おまけに最近では携帯電話を時計代わりに使っているので、腕時計が活躍するのは学会や結婚式の時だけとなってしまいました。

僕が今までで持った腕時計は2個だけですが、初任給で買った思い出の腕時計は20数年経った今も正確な時を刻んでくれています。ただし、クリニックの院長室のレターケースの中で・・・。

投稿者 staff : 16:09

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