香川県高松市の小児科・アレルギー科・小児循環器内科 医療法人社団裕心会 あきた小児科クリニック

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青空がのぞく診察室から

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2008年09月28日

いの1番

僕の名字は「あきた」なので、中学校までの出席番号はいつも1番でした。自己紹介も1番初めにやらされるし、当番を当てられるのも最初でした。初めのうちはこれがとても嫌でしたが、回数を重ねてくると、むしろ先にやった方が楽なことがわかってきました。発表なんかでも最初は何でも言い放題ですが、後半の方になってくると話のネタがダブってくるので話題探しに苦労するからです。当番も初めにやっておけばしばらくの間当たることはないので、気分がとても楽になります。1番という出席番号のおかげで、モノは考えようだということを学んだように思います。

ところが、先生の中には気まぐれな人もいて、「今回は出席番号の最後からやってもらいます」とフェイントをかまされ、せっかくの心づもりや下準備がムダになったことも何度かありました。それが高校にもなると、秋田くんの前に安芸くんや赤星くんとかがいて、だいたい2番や3番でした。大学に入ってもやっぱり2番でした。学校を卒業したら出席番号もなくなり、「あ」で始まる名字であろうとなかろうと、ほとんど影響はありませんでした。最近では生年月日による出席番号もあるようですね。

香川県医師会の名簿ではどうかというと、前回発行の名簿では高松赤十字病院の医師として後の方にまとまって載っていたため、50音順で載るのは今年発行された名簿が初めてでした。郡市別に載るのですが、高松市では名簿上の出席番号は5番でした。それが香川県の小児科だけでみると、出席番号はやっぱり1番のようです。

開業医の仕事として、高松市の休日当番や夜間急病診療所、香川県の小児救急電話相談などの当番が順番で当たります。それぞれ事務局の方から割り当て表が送られてくるのですが、当てられている順番は出席順ではないし、開業順でもなさそうだし、もちろん生年月日順でもなく、一度尋ねてみたい気がします。ただ、前回が連休に当たっていたりすると、次回は配慮してくれるのでありがたいです。・・・もうすぐ久々の休日当番です。

投稿者 staff : 20:33

2008年09月27日

15という数字

0、1、2、1、3、2、2、2、1、0、1・・・この数字を全部足すと15になります。何の数字かといえば、大学卒業後、それぞれの1年間で引っ越しした回数です。医者になって最初の11年間で、実に15回も引っ越ししました。一番多い年は3回ですが、実際は6ヶ月間で3回ですから、住民票とか公共料金とかの手続きが本当に大変でした。医局(教授)の指示による人事異動、自主的な国内留学・・・ほとんどはこうしたまともな引っ越しですが、中にはマンションの銃撃騒動(福島県にて)なんていう理由もありました。

引っ越しも慣れてしまえば簡単なもので、一番の教訓は必要な物だけ出すということでした。荷物は引っ越してきたままダンボールの中に保管(放置といった方が正しいかも?)しておき、必要になった物だけをその都度出していくと、次の引っ越しも非常に簡単です。これで学習したことは、本当に必要とする物は実はあまりないということでした。多くの物は、実はなくても何とかなるモノばかりでした。

二番目の教訓は、引っ越しの際には男はあまり役に立たないということでした。まあこれは、僕だけに当てはまることかもわかりませんが、実は引っ越し準備を真剣にやった記憶がほとんどありません。「忙しい」の一言でごまかして、ほとんど家族にやってもらっていたからです。

三番目の教訓は、環境の変化も結構楽しいということでした。新たな病院での勤務、よく知らない街での暮らし、新しい人たちとの触れ合い、そして新たな患者さんとの出会い・・・勤務当初の緊張感が次第にほぐれ、苦労しながらも自分がその環境の中に溶け込んでいく過程がとても好きでした。これが、子どもの時はまったく正反対の状況でした。進級時の新しいクラスや新しい先生など、子ども社会の中で自分のポジションを探すのが下手な少年でしたから、人は変われば変わるものです。でも、たまに初体面やサプライズに弱い一面が顔を覗かせて、戸惑ったりもします。

引っ越しの最大のコツは、いらないものをいかに見つけ出して、どれだけ処分できるか、これに尽きると思います。その結果、所持していた物や引っ越し代は減っていっても、人とのつながりや思い出はドンドン貯まっていく、そんな幸せな引っ越しを数多く体験させてもらった勤務医時代の前半10数年は、僕の大きな財産でもあります。

投稿者 staff : 08:05

2008年09月24日

信長と秀吉と家康

今日は日本史のお勉強です。この3人の戦国武将が言ったといわれる言葉があります。織田信長は「鳴かぬなら、殺してしまえ、ホトトギス」、豊臣秀吉は「鳴かぬなら、鳴かせてみせよう、ホトトギス」、徳川家康は「鳴かぬなら、鳴くまで待とう、ホトトギス」でした。もちろん本当に彼らがこう言ったとは思えず、後年になってそれぞれの特徴を表現する言葉として誰かが言い出したのでしょう。

これをコミュニケーションの場に例えてみると、信長型は「聞かぬなら、叩いてしまえ、ホトトギス」といった恐れや怖さによるもので、秀吉型では「聞かぬなら、聞かせてみせよう、ホトトギス」という無理矢理、力づくという方法でしょう。これが家康型ならば「聞かぬなら、聞くまで待とう、ホトトギス」となります。

子育てのやり方をこれに準じて分類すると、子どもが言うことを聞かない時に、信長型の子育てでは「聞かぬなら、叩いてしまえ、ホトトギス」といった痛みや恐怖で接する方法、秀吉型では「聞かぬなら、聞かせてみせよう、ホトトギス」という抑圧による方法でしょう。これが家康型ならば「聞かぬなら、聞くまで待とう、ホトトギス」と待ちの姿勢の子育てとなります。

3人の人間的な好き嫌いは別にして、信長型や秀吉型のように痛みや恐怖、抑圧などによる一方的な子育てでは、子どもは一時的には大人に従っても、次にはまた以前と同じような行動や態度を取ってしまうものです。子育てほど待ってやらないといけないものはないと思いますので、子どもと接したり指導したりする場合には、子どもの心が動くまで「待つ」「見守る」家康型の子育てが理想的だと思います。

しかし、ただ単に待つだけの子育てでは子どもの心はなかなか動きません。その上でもう一つ必要な姿勢は、決定権を子どもに与えるということだと思います。「お父さんはこう思うんだけど、お前はどう思う?」「お母さんならこうするけど、あなたはどうしたい?」と子どもに考えさせる、子どもに決めさせることが大事だと思っています。僕の親も何でも結構任せてくれた方でした。時にはそのせいで大きな失敗もしましたが、その経験が失敗以上の肥やしになってくれたように思います。
子どもが自分なりに考えて何か意見を言った時に、「でも・・・・だから」「やっぱり・・・しなさい」といらない一言を付けてしまうのも親の良くない癖です。子どもの言葉や意見が大きく間違っていない限り、“待って見守って”その上で“余計な意見や結論をガマンする”、これが子どもの自主性ややる気を伸ばす一番の方法だと考えますが、経験上、親としてはそれが一番難しかったりします。

投稿者 staff : 08:34

2008年09月23日

個別なんでも相談会

9月から「個別なんでも相談会」なるものを実施しています。
『子どもさんの体調が悪くなって受診された時、ついでに子育ての悩みなどを気軽に話すことができ、ちょっとした子育てのヒントを持ち帰っていただけるような、そんな身近な小児科医でありたい。これが勤務医を辞めて開業した大きな理由です。』このホームページの片隅には僕のこういう文章が載っています。

最近はインターネットや書物を通していろいろな情報が簡単に手に入ります。病気や子育てに関しても同様で、コツさえわかれば何でも瞬時に調べることができます。でも、本当に知識や情報を得ただけで人は安心できるものでしょうか?十把一絡げの情報でホッとできるものでしょうか?
むしろ、その人、その子ども、その状況、それぞれに応じて“ちょっとしたお話し”をしたり、聴いてあげたりしないと、本当の安心感は得ることができないように思います。だからこそ、普段の診察時間や昼間の「なんでも予約外来」などで、こうした“ちょっとしたお話し”をいろいろやっていきたいと考えていました。

ところが、いろいろ話してみると、もっとじっくりお話しを聴かせてもらった方がよさそうな子どもさんが何人かいらっしゃいました。診察の順番を待ってくれている人を気にせずに話し合える時間が欲しいと思いました。そこで始めたのが「個別なんでも相談会」です。スタッフもいなくて僕だけなのでもちろん無料です。でも実際にやってみると、自分が開業して本当にやりたかったのはこんな感じの診療なんだなぁと感じました。

入院が長引いてつらいんです、なんで自分が腎臓病にならないかんのやろ、もういろんなことがイヤになりました、浪人生活はけっこう苦しいです、ちょっと行き詰まってしまいました・・・僕がそんな状況の時に、いろいろと聴いてもらえた先生や友人、先輩たち。ただ話を聴いてくれた人や適切なアドバイスをくれた人もいました。
この「個別なんでも相談会」を通して、自分にもそんな関わりが少しでもできればと思っています。

投稿者 staff : 22:03

2008年09月03日

クリニック in 名古屋

8月30〜31日の2日間、名古屋で開催された第18回日本外来小児科学会にスタッフともども参加してきました。小児科の中でも外来診療を中心とした分野の学会で、僕たちのようなクリニックの勉強の場としては最適な学会です。出かける前の2日間、東海地方は大雨で、水不足の高松からすれば想像できないようなニュースの連続でしたが、幸いにも30日には天候も落ち着いていました。

僕は主に乳児健診や予防接種、スキンケアなどのセッションを中心に聴きました。スタッフは小児救急処置や服薬指導、メディアと子育てなどのセッションに出席していました。昼間はしっかり勉強して、夜は名古屋名物を食べながらの懇親会でした。徳島大学時代の先輩開業医や、大阪の小児循環器関係の大御所の先生と久しぶりにお話ができて、いろいろと教えていただきました。二次会は高松市の開業医の先生とそのスタッフと一緒に、和やかな時間を過ごさせていただきました。

31日の午前中もしっかり勉強して、お昼前に有名なひつまぶしの「あつた蓬莱軒」に行きました。行列ができると聞いていたので、張り切って開店30分以上前に着いたのですが、なんと既に長い行列が・・・。炎天下の中、日焼けを気にするスタッフと待ち続けること30分余り、ようやくお店の人が並んでいる人数チェックに来ました。「ちょうど私たちの前で切られたりしてね」とスタッフの1人が言ったのですが、確かに余計な一言だったようで、「はい、ここから先の方は次の時間帯の入店になります!」ホントに僕たちのグループの前で打ち切られてしまいました・・・。さらにそこから待つこと30分、店に着いてから1時間以上経ってから、ようやくおいしいひつまぶしにたどり着くことができました。でも、確かにそれだけ待つ値打ちがある味ではありましたね。

今回の学会でいろいろな小児科診療所のやり方や様子を知ることができました。でも、自分たちが「井の中のかわず」にならないようにする柔軟性も大切ですが、周囲に振り回されず、自分たちは自分たちのスタイルやスタンスを貫き通す頑固さも必要だなと確信した機会でもありました。
この学会も来年は埼玉、再来年は山口で開催されます。今回は名古屋だったので懇親会の主なメニューは手羽先に味噌カツ・・・要するに肉が多かったのですが、幼児時代のマイナス体験がたたって肉、特に鳥料理が苦手な僕にとっては、食べ物選びに悩む時間が多かった懇親会でもありました。

投稿者 staff : 08:57

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