香川県高松市の小児科・アレルギー科・小児循環器内科 医療法人社団裕心会 あきた小児科クリニック

医療法人社団裕心会 あきた小児科クリニック 小児科・アレルギー科・小児循環器内科

プライバシーポリシー

青空がのぞく診察室から

ホーム >> 青空がのぞく診察室から >> 2008年05月 アーカイブ

« 2008年04月 | メイン | 2008年06月 »

2008年05月27日

はじまりはいつも雨

修学旅行の写真撮影はたいてい雨上がりでした。家族旅行にも傘は必需品で、遊園地系に行く際にはレインコートが重宝しました。数年前にディズニーランドに行った時は、ちょうど台風来襲と重なってランドはがら空きでした。おかげでほとんど待たずに乗り放題でした。もちろん何に乗ってもスプラッシュ・マウンテン状態でしたが・・・。会津に出掛けた時は東北新幹線の中で大きな地震に遭遇して、けっこう足止めをくらいました。以前、東京で住んでいた時には、池袋の西武デパートのエレベーターに乗っていた時に地震が来て緊急停止、脱出口からなんとか救出されました。とにかく基本的に雨男で、おまけに何かが起こるのが常でした。

今回の開業に際しても、お決まりの「はじまりはいつも雨」でしたが、それ以上の「はじまりは暴風雨」でした。19年の1月7日が地鎮祭だったのですが、朝から小雨がぱらついていました。それが、神主さんのお祈りが始まったころから大雨になり、風も台風並みに強くなってきました。まるで神様が舞い降りてきて祝福してくれている(?)かのようでした。出席していただいた方もみんなずぶ濡れで、申し訳なかったです。それでも午後には雨が上がり、小さな晴れ間が覗いていたのが印象的でした。

6月3日の内覧会もやはり雨模様でした。足下の悪い中を、見に来てくださった方々には感謝の気持ちでいっぱいでした。あと数日で6月・・・思えばあの頃から1年が経ちました。自分の通院体験や入院経験から、こんな病院だったらいいのになという想いを込めてスタートしたクリニックですが、自分でこの1年を振り返ってみてどうだったか?満足している部分もあれば、まだまだ不十分に思うところもあります。

何事も、慣れてきた頃が一番問題だと思います。仕事も、人間関係も、それこそ結婚生活も同じだと思います。新婚時代と言われる1年ぐらいが過ぎてちょうど慣れが出てきた時、その“慣れ”が自分への甘えや相手への心くばり不足を呼び起こします。開院して1年が経って、クリニックの新婚時代もそろそろ終わりに近づきました。仕事への“慣れ”が油断や気配り不足につながっていかないように、スタッフ一同とともに気を引き締めて2年目に向かっていきたいと考えています。これからも、あきた小児科クリニックをよろしくお願いいたします。

投稿者 staff : 13:12

2008年05月25日

方向音痴ゆえに

前回書いたように僕はどうしようもない方向音痴ですが、実は自分の方向音痴が大好きなのです。簡単に目的地に辿り着けないことが多いという欠点はありますが、それ以上に方向音痴ゆえに知らない場所や知らなかった風景に出会える楽しみがあるからです。

「あ、これは迷ったな」と思ったら、講演直前など差し迫った状況さえなければ、覚悟を決めてあたりを散策(またはドライブ)することにしています。そうすると、知っているはずの町並みや風景の中に新たな発見をすることが多いのです。良さそうな店やホッとできる場所を見つけられることもあります。見知らぬ町なら、その面白さがいっそう増してきます。

若い頃から旅に出るのは大好きでした。それも大体の行き先は決まっているものの、細かいことは行ってからのお楽しみといった旅でした。学生時代には公園で寝泊まりし、発売されてあまり年月の経っていなかったカップヌードルをそのままバリバリと食べながら、友人と中国地方や九州などを回っていました。1週間ほどの旅の中で、最後の方に1晩だけ奮発してビジネスホテルに泊まるのですが、ちゃんとした風体ではなかったからでしょうか、フロントの人にうさんくさそうに見られたりもしました。

最近の交通手段を使えば、短時間で簡単に、短期間に多くの場所に行くことができます。家族などで出掛ける場合はそういう便利な旅行がいいのかもわかりませんが、スローな旅にもまたそれなりの良さや面白さがあります。交通手段だけでなく、携帯電話などの通信手段も同様です。どちらをとっても、その便利さゆえに人と人との距離は確実に近くなっているはずですが、人と人とのつながりは次第に遠くなっているような印象があります。子どもたちには、スローライフの良さや楽しさなども知ったもらった上で、現代社会の便利さをうまく生かしてもらえたらと思っています。まあ、いつも僕の方向音痴につき合ってくれているので、ある程度は判ってくれていると思いますが・・・。

今年の8月に名古屋で第18回日本外来小児科学会というものがあって、スタッフと一緒に参加して勉強してくる予定です。方向音痴でもカッコ悪くないように、今回は駅のすぐ前のホテルを予約しました。

投稿者 staff : 17:16

2008年05月24日

なんでサティで・・・

今日からは、また通常のブログに戻ります。

先日、西植田コミュニティセンターで子育てに関する講演をさせていただく機会がありました。すぐ近くの植田小学校には何度か行ったことがあるし、おおよその場所は地図を見てきたのでたぶん大丈夫だろうとアバウトな気持ちで車を走らせました。おまけにカーナビという強い味方もいます。ところが、このカーナビという奴もアバウトなもので、目的地が近づくといつも「目的地周辺です。注意して走行してください」と突き放してくれます。結局、今回も迷ってしまって、電話連絡して広い道まで出迎えに来てもらいました。

こんなことは日常茶飯事で、とにかく方向音痴なのです。2、3回行ったことがある場所でも怪しいものです。学会で東京や大阪などに行くと、ホテルに辿り着くまでに疲れてしまうことがよくあります。新宿・余丁町時代は地下鉄でよく移動していましたが、あれは駅の出口を間違えてしまうととんでもなく遠い場所に出てしまいます。僕は都会には向いていない人間だな・・・とつくづく思ったものでした。

でも、それは都会だけの問題ではありませんでした。高松にいても、ゆめタウンは鬼門です。目的の店にはなかなか行けないし、自分の居場所が判らなくなくなってしまうことがたびたびあります。屋上の駐車場でも駐車場所に戻ってくるまでに苦労するので、ゆめタウンには一人で出掛けないようにしています。ゆめタウンよりも判りやすいはずのサティでさえ、出口と反対方向に歩いていってしまうので、「なんでサティで迷うの?」とよく子どもに言われます。

ところで、サティやゆめタウンに行くと、決まって患者さんに出会ったりします。もし同じ場所のあたりを僕が一人でウロウロしているのを見かけたら、気軽に声を掛けてやってください。それはたぶん迷ってしまって、焦っているはずですから。

投稿者 staff : 08:35

2008年05月23日

聴診器はこころに当てて(3)−いつも心に聴心器−

昨年秋から3回シリーズで“さぬきこどもの国ニュース”に書かせていただいた記事を、このブログ内でも3日連続でご紹介させていただいています。今回が最終回です。

最近は小児科を受診する子どもたちの状況も少しずつ変化してきています。発熱や咳、下痢など一般的な病気が多いのは変わりありませんが、診察室に入ってくる様子や診察時の態度などから「何か心の問題を抱えてるのかな・・・」と思える子どもたちが増えています。そんな子どもたちに共通しているのは、みんなありのままの自分を支えてくれる人を求めているということです。「お兄ちゃんとして頑張ってるんだね」「そんなことがあったらつらいよね」「今はそれでいいんだよ」そんなささやかな一言を待っているのです。

人と人とのコミュニケーションはよくキャッチボールにたとえられます。子どもが投げてきた感情のボールを、大人は強くあるいは思いきり投げ返してしまいやすいものです。「もっと頑張れ」「しっかりしろ」あるいは「〜しなさい」と、命令や結論という形で投げ返してしまいます。大人の一方通行の言葉や態度に対しては、子どもは心を閉ざしてしまうものです。

子育てで大切なことは、すぐにボール(大人の感情や考え)を投げ返さずに、子どもが投げてきたボールに込められた気持ちや子どもなりの立場を感じてみて欲しいのです。その時に役立つのが、子どものこころに当てる聴診器です。『何かいつもと様子や感じが違うな』『親の自分がこの状況だったらどう感じるだろう』『今はどんな気持ちでいるのだろう』子どもの立場に立って気持ちや状況に思いをめぐらせてから、子どもを支え、勇気づけられる言葉を添えたボールをゆっくりと手渡してあげてください。あれこれと余計な世話をやいたり必要以上に口出ししたりすることを控えるとともに、子どもの変化を待ってやるゆとり、欠点や弱点を認めてやる余裕、そしてつまずきながらも成長していく子どもたちを見守る姿勢、名付けて“腕組み育児”が子どもの生きる力を育てる上で重要だと思います。

お母さんやお父さんに使っていただきたいこころの聴診器は、“聴心器”と言った方が正しいかもわかりません。今の時代に一番必要なものが、このこころの“聴心器”です。聴診器を実際に持っている人は多くありませんが、聴心器は誰でも持つことができます。子どものからだを守り育てていくことは大切ですが、子どものこころを育み、支えていくことはそれ以上に大事なことです。また、子育てに限らず、人と人とがお互いに支え合うために役立つのもこの聴心器ですので、ご夫婦の間や職場でも聴心器をしっかり使っていただいて、気配りやこころ配りのある関係作りを目指して欲しいと思います。

投稿者 staff : 08:28

2008年05月22日

聴診器はこころに当てて(2)−「なぜ」という名の聴診器−

昨年秋から3回シリーズで“さぬきこどもの国ニュース”に書かせていただいた記事を、このブログ内でも3日連続でご紹介させていただいています。今回は2回目です。

前回は、病院での診察と同様に子育てでも視診、触診、聴診が重要であること、そして大人が子どもの心情や状況、立場などを思いやり、心を配る“心診”が大切であることをお話ししました。医者のイメージといえば聴診器を思い浮かべる方が多いと思いますが、最近ではこころに当てる聴診器、すなわち“心診”が必要な子どもたちがとても増えているのです。ところで、聴診器を当てるのは医者や看護師だけの仕事ではありません。とくに子どもの心の問題を解決するための“こころに当てる聴診器”を上手に使えるのは、僕たちよりもむしろお母さんやお父さんなのです。

では、こころに当てる聴診器の使い方は・・・と聞かれたら、「5W1H」を思い出してくださいとお答えしています。ご存じのように、5W1Hとは「だれが、何を、いつ、どこで、どうして、どのように」という意味です。ふだん子育てをしている時に、僕たち親は子どもが「だれと、何を、いつ、どこで、どのようにして、どうなった」ばかりを気にしているように思います。特に最後の項目の「どうなった」という結果ばかりに目が行きやすいものです。気が付かれましたか?「どうして、なぜ」が軽視されやすいのです。でも、子育てで一番大切なのは、5W1Hの中でも「Why」すなわち「どうして、なぜ」と考えることなのです。

「爪を噛んで仕方がないんですけど、何とか止めさせる方法はないでしょうか」「急に乱暴になって困っています」「幼稚園に行く頃になるといろいろ痛がったりするんです」こんな話をよく耳にします。そんな時の解決法は、「なぜ爪をかむのだろう?」「なぜこんなことをしたのだろう?」「なぜ急に甘えん坊になったのだろう?」と考えてあげることから始まります。親の立場がかっこ悪いとか、他の子どもと比較してどうこうとかで悩むエネルギーを、子どもの立場に立って考えてみることに注ぐのです。「なぜ」と考えることで、子どもが抱えている問題が見えてくることがよくあります。一見、問題行動と見られがちな行為のなかに、子どもたちの本心や真実が潜んでいることもあります。ところが、僕たち親がよくやる失敗は、この「なぜ」を子どもにぶつけてしまうことです。「なんでこんなことをしたんだ!」「なぜできないんだ!」ときつく叱ってもまったく無意味です。大切なことは、先に述べたように、この「なぜ」を親が自分に問いかけてみることだと思います。

繰り返しますが、こころに当てる聴診器を使うのは、医者や看護師よりもお母さんやお父さんの方がふさわしいのです。なぜなら、親にしか判らない自分の子どもの特徴が見えるからです。こころに当てる聴診器とは、子どもの普段の様子や言動、さりげない態度に気を配っていてこそ使える目に見えない道具なのです。自分の子どものよい所や注意してあげるべき点をふまえながら、「なぜ」という名の聴診器を使って、子どもの賢い応援団になっていきましょう。

投稿者 staff : 08:32

2008年05月21日

聴診器はこころに当てて(1)−視診・触診・聴診に心診−

これは昨年秋から3回シリーズで“さぬきこどもの国ニュース”に書かせていただいた記事です。今回、許可をいただきましたので、このブログ内でも3日連続でご紹介させていただきます。
     
「どうも最近よくおなかが痛いって言うんです」4歳になったばかりの男の子を連れたお母さんが心配そうに訴えました。「少し前に総合病院で検査はしたんですが、どこにも異常はないと言われて・・・。でも、朝になると痛がることが多くて幼稚園にも行きたがらないんです」そう訴えるお母さんの腕には、生後6ヶ月にも満たない弟がしっかりと抱きかかえられていました。お兄ちゃんを診察したところ身体には異常がなく、迅速血液検査も腹部超音波検査も正常でした。そうなると、いよいよ心診の出番です。親子の緊張もほぐれてきたので、もう一度聴診器を胸やおなかに当てるふりをしながらさり気なく聞きます。弟が出来てからのお兄ちゃんの様子、家での接し方など・・・。そんな会話の中から、お母さんは弟が生まれてからお兄ちゃんと関わる時間が減ってしまったこと、弟が出来た時期と入園の時期が重なったことなどに気づかれました。小児科受診を通して、「僕もまだもっと甘えたいんだ!」というお兄ちゃんの心の叫びが、おなかの痛みとして表れていることに気づかれたのです。

心診は造語に過ぎませんが、大人が子どもの心の叫びに気づこうとすること、言いかえれば子どもの心情や状況、立場などを思いやり、心を配ることを意味します。それだけで、問題が少しずつ解決に向かっていくことが多いものです。おなかの痛みの他にも、「頭が痛い」「からだがだるい」「幼稚園に行きたくない」などの訴えにも、こうした心診が解決法を示してくれることがよくあります。

診察の基本は視診、触診、聴診ですが、これは子育ての基本でもあります。子育てでの視診は子どもの様子をしっかり見ることです。いけない部分を見つけ出して注意するといったマイナス感情で見るのではなく、子どもの様子を見守り、勇気づけ、子どもを支えるための視線です。子育てでの蝕診は子どもに触れることです。抱っこやおんぶ、添い寝などのスキンシップは子どもの心を安定させてくれます。子育てでの聴診は子どもの言うことをしっかり聴くことです。注意していただきたいのは“聞く”ではなく“聴く”ということです。発音は不確かでも、たどたどしくても、何を伝えようとしているのかという内容をしっかり聴いてあげて欲しいと思います。その上で、子どもは今どんな気持ちでいるのだろう、自分がこの状況にいたらどう感じるだろうと、子どもの心に思いをめぐらせてみる“心診”を、子育ての中で少しずつ生かしていって欲しいと思います。

「おなかがイタイ」「あたまがイタイ」「むねがイタイ」子どもがこんなことを言う時、一番痛いのは子どもたちの心の中なのかもわかりません。

投稿者 staff : 13:35

2008年05月18日

土曜日の早朝出勤

一般的に診療所は日曜祝日の他に、水曜日か木曜日の午後と、土曜日の午後が休診の場合がほとんどです。僕のクリニックは土曜日の午後に小児心臓専門外来をやっているので、実際には週休1.5日となっています。確実に合計週2日休める診療所に比べるとスタッフの勤務条件は悪いようですが、適宜週休を取ってもらう形で補っています。

高松日赤時代は土曜も日曜と同様に休診だったので、世間並みに週休2日でした。ただし、これはあくまでも「一般外来診療は休診」なだけで、実際には救急患者さんは大勢来られたし、病棟に入院している患者さんに休診はありません。だから土日も出勤する訳ですが、それでも早朝に出向かないといけない場合は少なく、たいていは9時過ぎや10時過ぎで、受け持ち患者さんの病状が安定している時にはもっと遅い時間に診察に行くこともありました。

クリニックの診療開始は午前9時からですが、8時30分から開けておられる先生も多いようです。しかし、僕はとにかく朝が弱いので、8時30分にクリニックを開けるために起床する時間を逆算していくと、自分にとってはまだ夜の時間帯である早朝に起きないといけなくなります。おまけに土曜日が一応休診だった高松日赤時代から、土曜日も早朝出勤(僕にとっては)する生活への変換にはちょっとヨイショが必要でした。

独身の頃、日本小児科学会という大きな学術集会で自分の発表があった時も、寝過ごしてしまって危うくすっぽかしそうになったことがありました。たまたま朝1番の発表が当たった時などは、自分が信用できなくて徹夜して行ったこともあるぐらいです。反対に、当直などで夜中にたたき起こされるのはまったく平気でした。「食べられる時に食べておく、寝られる時に寝ておく」のが研修時代の鉄則だったので、記憶は薄れても身体は覚えているようです。

投稿者 staff : 14:35

2008年05月16日

右向き、左向き

右向き、左向きと言っても一体何のこっちゃと思われるでしょうが、診察室に置かれた机の向きのことです。患者さんが入ってくる入口に対して、右向きに置くか、左向きに置くかということです。どうでもいいようなことですが、電子カルテを見ながら(以前はカルテを書きながら)、入ってくる患者さんに顔を向けたり声を掛けたりするので、どうしても向きの得手不得手があるのです。大学時代などはいくつかの病院に出張診療に行っていたため、野球選手じゃないけれどスイッチヒッターのごとく左右どっちでも診療できました。ところが一つの病院に10年以上もいて、同じ向きで長くやっていると、この変換がちょっと難しいのです。
 
今は右向きで仕事をする配置になっていますが、高松日赤時代はまったく逆の左向きでした。その前の香川小児病院の循環器外来はまたまた反対の右向きだったので、それぞれ慣れるまでに多少苦労しました。今のクリニックを設計してもらう際にも、高松日赤時代と同様に左向きにしてもらうことも可能でしたが、受付との間にパスボックス(小窓)を設けるために、右向きになった次第です。

皆さんは自分の背中をまじまじとご覧になったことはあるでしょうか。手足やお腹はいつでも見えるし、顔も鏡で簡単に見えます。ところが、自分の背中はまず見ることがありません。よく「子どもは親の背中を見て育つ」と言われますが、実際にはその当人は自分の背中がどう見えるかあまり知らないのです。顔もそうですよね。毎日何度か見る鏡にうつった自分の顔は左右対称なので、実際に他人が見ている自分の顔を知るためには、鏡を2枚使って理科の実験みたいにしないと、自分の真の顔を知ることができません。

本当は、人は自分の真の姿を知らないのかもわかりません。こうした見かけだけでなく、性格や能力も知り尽くさないまま過ごしているのかもわかりません。大人になって、自分で「このぐらいでいいや」とか「もう無理だ」と勝手に線引きしているのかもわかりません。ところが子どもが成長するある時期には、自分が何でもできるような万能感を持つ時期があります。その時に、子どものやる気や勇気をうまく引き出せる関わりができたらいいなと思います。

次にクリニックに来られた時には、僕が気まぐれを起こして机の配置が反対になっているかもわかりませんよ。

投稿者 staff : 00:08

2008年05月12日

久々の出張

5月10日から久しぶりに研修会に行っていました。開催地が東京だったため、10日の土曜日は休診にせざるを得ませんでした。申し訳ありませんでした。今回は「子どもの心」研修会でした。日本小児科医会認定の「子どもの心相談医」という資格があって、その更新が5年間毎にあるのですが、その間に一定の研修単位が必要なのです。子どもの心理学や関わり方、心因性の病気や発達障害などについて研修してきました。ここ1年半ぐらいは遠方の学会や研修会には行けなかったので、いろいろと新鮮でした。徳島大学小児科の後輩も何人か来ていました。でも、香川での生活が合計20年近くになると、今では徳島より香川の遺伝子の方が多くなっている気がします。

徳島時代は自分が開業するなんてこれっぽっちも考えたことはなく、善通寺にいた頃も同僚や先輩が開業する話を聞いても、自分とはまったく無縁な世界でした。高松日赤に来てからも、後輩が何人か開業しましたが、自分には総合病院の病棟医が似合っていると思っていました。高松日赤での生活が数年経った頃からです、外来診療の面白さに目覚め、少しずつ開業を考え始めたのは…。

でも、いろいろな方々によく言われました。「開業医なんてね、カゼばっかりだよ。つまらんからやめとけ、やめとけ」と。確かに外来に来られる方のほとんどが感染症で、その大半がいわゆるカゼであるのは確かです。しかし、実際には同じカゼであっても、合併症があったり、明日が遠足だったり、旅行や発表会が間近に迫っていたり、けいれんや心臓病などの基礎疾患があったり、薬嫌いだったり、「あきたせんせい」に会うのを楽しみにしてくれていたり…カゼの子どもさんが100人いれば、100通りのカゼがあるんだということがわかりました。それに応じて、自分も100通り近い対応ができるので、つまらないと感じたことはありません。

あと3週間ほどで、開業してから1年になります。これからも、自分のクリニックにしか出せない
”色”や”雰囲気”を模索していきたいと思っています。

投稿者 staff : 11:56

2008年05月01日

作文と文字

文章を書く時、一般には内容を書き終わって、最後にタイトルを決められる方が多いと思います。僕の場合は反対に、まずタイトルが決まってから、本文の言葉を置いていくスタイルなのです。ですから、このブログもタイトルが次々に浮かんでくる時にはドンドン書けるし、思いつかなくなった時にはまったく書けません。おまけに、思いついた時にすぐメモっておかないと、「あれ?何だったっけ・・・」ということがたびたびあります。

低学年の頃から小学校ではよく作文を書かされました。本を読むのは大好きでしたが、書くことは面倒であまり好きではありませんでした。イヤイヤやっていたのですが、ある時担任の先生が「秋田くんの作文、おもしろいねぇ」と言ってくれました。「じょうずだねぇ」と言われた訳ではなかったのですが、もともと乗せられると弱い性格なので、当人は気をよくして作文を書き始めました。書いていると不思議なもので、書くことがだんだん楽しくなってきました。子どもに対する大人のさり気ない一言がいかに大切かを示す実例でしょうか?

実際に医療の仕事を始めてみると、なんとまあよく文章や文字を書かされることか!カルテに始まって、紹介状やその返事、診断書に報告書、それからカンファレンスの資料や論文・・・医学部は理系に属していますが、むしろ文系ではないかと思えるほどです。その上に、心理面の理解や対応が必要ですから、決して理系ではないように思います。小学校の先生の一言で目覚めた作文でしたが、社会に出てから本当に役立っていると感じています。

小学校時代に言われ続けたことが二つ・・・一つは以前に書いた協調性ですが、もう一つは「もっときれいな字で書きなさい」ということ。字の下手さだけは、当人の努力不足もあって今も改善されていません。開業の際に電子カルテにした理由の一つが、自分の字の汚さを自覚しているからだとも言われていますが・・・。それでもたまに治癒証明書とか心音・心電図検診や生活習慣病の管理表とかに直筆で記入しないといけないので、こういった用紙を持ってこられた方にはいつも心の中でゴメンネを言っています。

投稿者 staff : 08:14

ページトップへ

Copyright © 2009 Akita children's clinic. All rights reserved.