香川県高松市の小児科・アレルギー科・小児循環器内科 医療法人社団裕心会 あきた小児科クリニック

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青空がのぞく診察室から

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2008年01月06日

ひとつ屋根の下

遊びに連れて行ってもらう約束をしていても、たいていは見事にすっぽかされる。多くの友だちに旅行みやげをもらったのに、自分にはみやげ話さえない。高熱で学校を休んで伏せているのに、父親は当直で不在のまま、他の子どもさんの面倒ばかりみている。弟が生まれそうになっても、重症当番でまた家を空けていて、母親が苦しんでいてもどうしていいかわからない。父親の気分次第で叱り飛ばされて、泣きながら眠ってしまったことも数々。言い訳や説明も聞いてもらえず、平手が思い切り入って真っ赤になったほっぺ。発表会や運動会、日曜行事さえ満足に見てもらえない幼稚園や小・中学校時代。

子どもの側からみると、まあなんと理不尽な出来事ばかりが続いてきたのでしょうか。その多くは「忙しい」「仕方がない」という簡単なフレーズで、子ども心が抑えつけられてきました。言いかえれば、自分という親は何十回も何百回も子どもに許されてきているように思います。「いいよ、お父さん」という言葉に、何度も甘えてきたように思います。まあ、一応いつも寝顔に謝ってはきましたが・・・。

親が子どもを許しているのと同様に、あるいはそれ以上に、子どもは親を許しているものだと思います。親も子も、けっこうお互いに許し合って生きているように思います。

開業してからの父親は自宅には眠りに帰るだけのことが多いのですが、それでも子どもとの共有時間が増えたような気がします。学校帰りにフラッ〜とクリニックに立ち寄って一緒にご飯を食べる。父親は診察室でカルテや資料の整理、自分たちは奥でテレビを見たり、勉強したり、本を読んだり、時には小屋裏でマンガを読んだり・・・。同じ部屋にはいなくても、ひとつ屋根の下で過ごす時間はちょっぴり増えたようです。

投稿者 staff : 21:28

2008年01月05日

涙の正月特訓

小学校時代は器械体操が大の苦手で、特に鉄棒はまるっきりでした。少し肥満気味だったこともあり、何度やってもいつまでたっても逆上がりさえできず、鉄棒の時間になると情けなさと惨めさに打ちのめされていました。ある時、その事実を知った父親が、冬休みに特訓をやろうと言い出しました。公務員だった父親の年末年始の休みを利用した特訓でした。いやいやながら校庭までついていったものの、下級生には見られるし、カッコ悪いし、本人にはまるでやる気がありません。そんな状態でできるようになるはずはないのです。

同じような光景が何日続いたでしょうか。まったく進歩のないまま、父親の正月休みは終わっていました。始めはイヤイヤやっていたものの、その頃になると少年の一種の意地とでもいうか、開き直りと言うか、次第に肩の力が抜けていったようです。それまでいらない所に使われていた力が、ようやく逆上がりのための力として使われ始めました。そして、1月も中旬を過ぎた頃、突然できるようになったのです。あの日は世界が自分のためにあるような気さえしましたね。一旦逆上がりができるようになると、まもなく前方支持回転とか後方ひざかけ回転とか、一気にいろいろできるようになりました。そうすると、何でもできるような気になって、他の器械体操も好きになっていきました。

ちょっとしたことでダメだと落ち込み、ささいなことで自信の塊になったりする・・・人はそんな傾向があるけれど、とくに子ども時代は多いように思います。自分自身を振り返ってみてもそうでした。「できる」と「できない」、「プラス」と「マイナス」、「all」と「none」、子どもの頃はこのどちらか両極端の考え方しかできないことがよくあります。「できない自分を責めて自己嫌悪に陥る」「自分のマイナス面ばかりに目が行って悲観的になる」そんなことが多いと思います。そういった時に周囲の大人が、「ちょっと良いところ」とか「まあまあ」の部分とか、自分のそんな所に目を向けられるような手助けやアドバイスができれば、もっと楽に生きられる子どもが増えてくるように思います。無責任ではないけれど「ちょっといいかげん」な考え方も、生きていく上では必要な技ですから。

鉄棒が大嫌いだった少年は、最近自分のクリニックに入ったばかりのトレッドミルのパイプを使って、脚前挙の練習をしたりしています・・・。

投稿者 staff : 22:29

2008年01月02日

観葉植物の新年

あけましておめでとうございます。年末から急に冷え込んだため、体調を崩された方もいらっしゃるでしょう。昨年の今頃はクリニック着工の秒読み段階でした。1月7日が地鎮祭だったのですが、厳しい寒さの中で強風と小雨にさらされながらの思い出深い行事となりました。関係者の方からいただいた使い捨てカイロの温かさが、つい昨日のことのように思い出されます。それから約1年が過ぎてクリニックで迎える正月は初めてなのに、不思議と何年もこうしてきたような感じがします。

クリニック内を見ると、開院の時にいただいた観葉植物が目に入ります。24時間換気なので秋から冬にかけて夜の院内はたいへん寒く、観葉植物たちにとってはけっこう厳しい環境なのでしょう。既に枯れてしまったものや、枯れかけてかわいそうな姿のものもあります。電気代がもったいないけれど、長めに暖房をかけたり水や肥料を考えたり、もともとはあまり興味がなかったことにも挑戦してみました。

少し枯れかけた観葉植物に水をやりながらふと思ったのは、なんだかこれって子育てに似てるなあ、と・・・。一生懸命に水をやっても、元通りの元気な姿に戻ってくれるとは限らない。いくら肥料を与えても、まっすぐに成長してくれる保証はない。精魂込めて世話をしても、徒労に終わるかもしれない。子育ても同じようなもので、親が一生懸命に子どもの世話をしても、子どもがそれに応えてくれるとは限らない。良かれと思ってあれこれ動いてやっても、それが子どもに伝わらないことも多い。与えた水や肥料の成果を期待するのが親というものですが、結局は、これだけしてやっているのに・・・とか、なんでわかってくれないんだ・・・とか、「〜のに」「なんで」という単語が付いてしまうんですね。自分では子どものことを考えているつもりでも、子ども本位で行動してきたつもりでも、親の立場や自分本位の考えが優先してしまうもののようです。

今の自分にできること、つまりは暖かい部屋においてやって、適度に水を与えて、それに観葉植物たちが応えてくれればそれでよし。ただし、自分勝手な与え方ではなく、その観葉植物にあった与え方をしなければかえって害になる・・・言葉を話せない植物たちと気持ちを交わせながらの水やりでした。欲目かもわからないけれど、クリニックの観葉植物たちはちょっと元気になったような気がします。天気予報によれば、あと数日経てば厳しい寒さもちょっと和らぐようです。春が待ち遠しい観葉植物たちの新年でした。

投稿者 staff : 19:47

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