香川県高松市の小児科・アレルギー科・小児循環器内科 医療法人社団裕心会 あきた小児科クリニック

医療法人社団裕心会 あきた小児科クリニック 小児科・アレルギー科・小児循環器内科

プライバシーポリシー

青空がのぞく診察室から

ホーム >> 青空がのぞく診察室から >> 2007年12月 アーカイブ

« 2007年11月 | メイン | 2008年01月 »

2007年12月24日

忘年会から望年会へ

先日、クリニック近くのお店でスタッフたちと忘年会をしました。僕が本格的に開業に向かって動き出してからちょうど2年、スタッフ6人が初めて集合してから9ヶ月、実際に開院してから6ヶ月が過ぎていました。忘年会といってもこれまでの反省や改善すべき点が話題の中心で、待ち時間の問題や、専門外来充実への課題などについても話し合いました。すべてがトップダウン式の運営ではなく、ある程度スタッフに任せているので(任せっぱなしにしている?)、院長としては非常に楽をさせてもらっています。

振り返ってみると非常に短かった6ヶ月間ですが、「ずいぶん前から一緒に仕事しているような感じ」という発言もありました。スタッフが満足できないようなクリニックなら患者さん方にも満足していただけないはずなので、来年も一層充実した診療内容をめざしたいと思います。

最近は内科でも総合内科が注目されています。循環器科とか呼吸器科とか胃腸科とか、いろいろ細分化された欠点を補う形で、まずは総合的に身体全体を診ることを目的とした診療科です。その点、小児科は総合的に子どもの身体全体を診るため、もともと総合小児科なのですが、子どもの身体全体だけでなく、子どもの心の現状(不安やストレスの強弱)、その兄弟やご両親の状況まで、家族総合診療ができることが小児科医の強みであり、魅力だと思います。重症の病気や慢性疾患で苦労していた子どもさんが元気になり、成長して、「先生、変わらんねぇ〜」とか言いながらフラッとクリニックを訪れてくれたり、職場の制服姿のままダベリに来てくれたり・・・小児科医っていいなと思う瞬間です。

今年の創作四字熟語の中に、安部元首相の突然の退陣に関連した「突然返位」というものが入っていました。高松市中心部の総合病院を辞して周辺の地で開業した僕の場合は、さしずめ「突然辺医」とでもいったところですが、来るべき年に向けてまた新たな気持ちで臨んでいきたいと思っています。

投稿者 staff : 22:25

2007年12月23日

クリスマス・イブ

自分の記憶の中では、サンタさんに頼んだ初めての品物はドッジボールでした。確か5、6歳の頃だったと思います。欲しい品物を父親に話しておくと、仕事帰りにサンタさんに伝えておいてくれる・・・そう言われて、しばらくは毎年父親にサンタさんへの大切なメッセージを託したものでした。家には煙突もないし、鍵をかけたらサンタさんが入って来られないので鍵をかけないで寝ようと提案したら、サンタさんは魔法で鍵をあけたり、壁をすり抜けたりする能力があるから心配ないと教えられました。サンタさんとも知り合いのそんな父親は、とても偉い人だと思っていました。

父親も母親もどの親よりも立派で、どの親よりもやさしくて、世界中で一番の親だと思っていました。それが小学校を卒業し、思春期に入ると、自分の親のいろいろな面がわかってきました。ありきたりの大人で、普通の親で、おまけに自分にとっては結構うっとうしくて・・・そんな時代には、親の悪いところばかりが目についたものでした。反発することが、結局は甘えているだけなんだと気づいたのは大学に入ってからでした。気に入らないところもたくさんあるけれど、いいところも結構あるなと思えるようになるには、多くの時間が必要でした。

“恋人がサンタクロース”の時代を過ぎて、結局は自分もありきたりの大人になって、普通の親になって、やっぱり自分の子ども時代と同じような親子関係を過ごしています。世の中にいろいろなサンタさんがいることがわかる年齢になった頃、我が家のクリスマス・イブの過ごし方も大きく変わってきました。それでも、「サンタさんが入って来やすいように、クリニックにはちゃんと煙突がついているよね」笑いながら父親にそう言ってくれているうちは、親子関係もまだ大丈夫でしょう。

明日はクリスマス・イブです。久々に、自分の親にプレゼントを贈ろうと思います。単に電話で「元気でやってるよ」と言うだけですが・・・。

投稿者 staff : 23:10

2007年12月09日

医者の一生

熱のある子どもを前にして、適当な薬品名はある程度知っていても処方すべき商品名がまったく判らない。典型的な病気はなんとかなっても、どっちつかずの所見の時は診断なんてままならない。点滴も入るかどうかわからない、ましてや子どもの小さな手に点滴するなんてとんでもない。・・・大学を卒業したての頃は、本当にそんな状態でした。僕が卒業した頃と今とでは研修システムが違いますが、当時は国家試験に受かりさえすれば、そのまま一人で現場に出ることが可能でした。でも現実は、前述の通り何にも医者らしいことはできませんでした。先輩医師はもとより、文字通り看護師さんよりも頼りない“医者”でした。先輩医師よりも、一見恐そうで実は意外にやさしかったりする看護師さんが、ある意味では現場での先生であり、コーチでもありました。

それが3、4年も経つと、今度は何でもできるような気になって、実力なんてたいして身に付いていないのに、変に偉そうな態度になったりするものです。自分でも、今思い出すと恥ずかしくなるような一時代もありました。

そんなこんなで、現場の医者として、人として、親として、あるいは年老いてきた親の子どもとして、いろいろな出来事や思いを経て、ようやく医者としてこなれてくるように思います。とくに小児科医はそんな感じだと思います。我が子が夜中に急に熱が出た時、咳き込んで止まらずに苦しそうな時、オネショをして泣いた時(あるいはそれを怒って泣かせた時)、頭を切って大出血した時、学校で友だちとトラブルがあって部屋から出てこない時・・・自分の子どものそんなエピソードが、診察室で患児やそのご両親を目の前にした時によく蘇ってきます。自分ならどうするだろう、自分の子どもならどうするだろう、じゃあ今どうしてあげればいいんだろう・・・小児科医の診療というものは、小児科医自身のそんな体験に支えられているような気がします。

大学病院にいた頃は「そのうち一般病院に出たり、ひょっとしたら開業したり」といういくつかの道があり、いろいろ夢多く考えることができました。総合病院に定着した時は「このままでもいいけど、開業もしてみたいし」とあれこれ模索したものでした。そして、一念発起、心機一転で開業した今は、自分の前にある道はただ1本のみ・・・多少曲がりくねったり、登り下りの道であったとしても、自分の医者としての一生をこの道にかけてみよう、開院してちょうど6ヶ月たった今、そう思っています。

投稿者 staff : 23:38

ページトップへ

Copyright © 2009 Akita children's clinic. All rights reserved.