香川県高松市の小児科・アレルギー科・小児循環器内科 医療法人社団裕心会 あきた小児科クリニック

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青空がのぞく診察室から

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2007年09月28日

診察室への通路

大学や総合病院で働いていた時は、よく当直がありました。多い時には月7回当たったこともあります。当直は決して嫌いではなく、日直と当直とどちらを選ぶかと聞かれて、決まって当直を当ててもらっていたぐらいです。でも、やっぱり真夜中に起こされた時には結構ヨイショがいります。・・・寝ぼけた頭で、中途半端に不機嫌なまま診察に行くのはいろいろとよくないので、ドクターモードへの切り替えが必要です。

『こんな真夜中に、眠いのに・・・』とか『さっき一仕事終わったばかりなのに・・・』といった自分の立場だけの後向き感情の男から、『こんな時間に受診するんだから、ずいぶん心配しているんだろうな?』とか『電話の様子からは入院が必要かな?』といった相手の状況や立場も考慮できる前向き感情のドクターへ変身するには、やはりちょっぴり時間が必要なのです。その意味では、当直室から救急室までの通路がとても大切な役割を果たしてくれました。長い通路を早足で歩きながら、あるいは救急車の場合は大急ぎで走りながら、闘うドクターへのモードチェンジをしていました。

さあ、これが開業してみるとどうでしょう。当直はないけれど、寝不足の寝ぼけ顔で朝の診察に出るのは失礼なので、やっぱりドクターモードへの変身が必要です。昼休み明けも同様に、腹八分目のリラックス状態から闘うドクターへのモードチェンジが必要です。ところが、何せ平屋の小さなクリニックなので、診察室への通路がホントに短い・・・変身するために与えられた時間が勤務医時代に比べたら極端に少ないのです。だから、診察室に向かいかけてまた戻っていく姿を見たら、まだ変身が終わっていないんだなと思ってやってください。

当直が得意だった理由の一つは、一度起こされてもすぐにまたどこででも寝られるタイプだから・・・。今も、昼休みに診察室で電子カルテをいじっている振りをしながら、けっこう眠っていたりします。

投稿者 staff : 08:43

2007年09月27日

届かない敬老の日

初めの頃のブログにも書きましたが、僕が生まれたのは徳島の県南にある牟岐という漁師町ですが、正確にはさらにそこから数km山間部に入った牟岐町辺川という所です。5歳頃までその祖父母の家で住んでいましたが、一番近い家でも歩いて3分ぐらいかかるという、本当にのんびりとした田舎でした。4人兄弟だった母が早くに結婚し、44歳の若さで僕のおばあちゃんになってしまったためか、祖母はまるで僕の第二の母親のような存在でもありました。ある意味で、僕が一番尊敬もして一番恐れていた人でもあります。大学生の頃には、親に内緒で“学資”をこっそりもらったりしていました。その“学資”の多くは学資以外の目的に使われてしまったものですが、聡明な祖母はすっかりお見通しだったと思います。

小学校3年の夏休み、田舎に遊びに行っていた時のことです。いとこたちと遅くまで遊びほうけていて祖母が呼びに来てくれたのですが、夢中になっていた僕は、つい口汚く、とても冷たい言葉を返してしまったのです。あの時の寂しそうな祖母の横顔は、大きな反省とともにその後もずっと自分の中にしまわれたままでした。

子どもって、意外に些細なことで傷ついたり、ほんの一言が大きな意味を持ってしまうんだなっていうことが、そんな自分の体験からも感じられます。言った子どもも、言われた子どもも、大人が気づかない所で大きく傷ついているのかもわかりません。

遠い夏の日の1シーンなど、祖母はすっかり忘れてしまっていたのかもしれないけれど、いつかは謝りたいと思いながら数十年が過ぎ、そのうちに祖母は寝たきりとなり、やがて痴呆気味となって、2年前に亡くなりました。開業したって聞いたら何と言われるか・・・。想像するだけでも楽しくなります。
辺川に行く機会もずいぶん少なくなってしまいましたが、それでも数年に1回、満天の星空が祖母たちの思い出とともにいつも温かく迎えてくれます。

投稿者 staff : 18:54

2007年09月13日

イニシャルA

ちょうど去年の今頃でしょうか。開業する場所も設計士も決まり、クリニックのレイアウトを少しずつ考え始めた時期でした。重要な項目を決めたり多くの書類を作成したり、その面倒な作業のほとんどを専門家にお任せしながら、長い行程を楽しみつつ進めていました。その一方で、自分のクリニックの特色を感じ取ってもらうためにもぜひロゴマークが欲しいと思い、自分なりに考えていきました。

小児の心臓病や心の相談などのクリニックの特色を表現しようとして、中心部に大きなハートマークが入った図案を真っ先に考えました。ハートマークの中には、文字抜きでクリニック名を入れました。二番目のデザインでは、ローマ字であしらったクリニック名の上に赤いハートマークを乗せてみました。三番目のデザインでは、大小のハートマークが2個並びました。・・・・・そんなこんなで、10個近いハートマークが形になってはすぐに壊れていきました。まるで青春時代の頃の、自分のハートマーク物語のようでした。そして、最終的にたどり着いたのが、今の“イニシャルA”でした。「あきた」の頭文字の「A」を、支え合う二人の人の形で表現したものです。

この二人の一方はお父さんやお母さんであり、もう一方は子どもです。また、一方が医療スタッフで、もう一方が患者さんという意味もあります。けれど、それぞれ大きい方がお父さんやお母さん、あるいは医療スタッフという意味ではありません。時には子どもが親の支えとなったり、医療スタッフが患者さんたちに支えられるということもあるからです。このクリニックを通して、いろいろな立場や状況にいる人たちがお互いに支え合っていければという思いを、このロゴマークに込めました。

自分は弱いと思っている人でも、何かあった時やつまづいた時に打ち明けられる相手がいる人は、けっして弱くないと思います。自分の思いを抱え込まずに少しずつでも出していくこと、誰かに打ち明けること、それで救われることが多いと思います。僕が初めてそんな相手を見つけられたのは、大学生の頃でした。もちろん、相手は男だったけれど・・・。

投稿者 staff : 21:41

2007年09月09日

今日は救急の日

「なんで6月5日の火曜日なんて中途半端な日に開院したんですか?暦の上では不成就日で開店とか開業にはあまり向かない日だって、親戚の人も言ってたじゃないですか」
・・・『でも、クリニックの所在地が六条町605でしょ。だったら、このクリニックにふさわしい幸運な開院日は6月5日以外にないと思うんだけど』
「じゃあ、電話番号はなんで868−6000を選んだんですか?他にも、ラッキーナンバーの7や8がきれいに並んだ電話番号が、いくつか候補に上がっていたじゃないですか」
・・・『だって、所在地が六条町でしょ。だったら、番号も(ハローはロクジョオ〜オ)で868−6000を選ぶのが当然でしょ』
こんなふうに語呂合わせ的に決めてきたせいでしょうか、今日9月9日の救急の日に、初めての休日当番をさせていただきました。

当然ですが、休日当番日は初めて当クリニックに来られる方がほとんどです。この“初めての診察”というのは、患者さんにとっても、われわれ医療従事者にとってもそれぞれに緊張感を伴います。たまに自分が患者や付き添いとして初めての病院や診療科で診療を受けると、本当にそれがよくわかります。どんな先生なんだろうとか、気難しい先生じゃないんだろうかとか、どんなことをするんだろうとか・・・お互いに知らないゆえの不安や心配が先に立ってしまいます。立場をかえて患者さん側になってみると、いろいろなことが見えてくるので、医学生の実習の中に“患者さんとしての体験”を何度か入れるべきだと以前から思っていました。

ところで、初めての休日当番はやはり僕たちも慣れない点があり、所在地のご案内や待ち時間などでご迷惑をお掛けした方もあるかもわかりません。診療所は休日当番を経験してようやく一人前といわれます。年に3回ほど回ってくる休日当番ですが、小児科診療所としての階段を一歩ずつ登っていきたいと思います。

「先生、休日当番と勤務医時代の当直とを比べてみるとどうですか?」
・・・『どっちもそれぞれ大変だけど、僕には休日当番の方が性に合ってる気がする』

投稿者 staff : 20:55

2007年09月06日

引っ越し

専門書、医学雑誌、文献や文房具、いろいろな小物類・・・十数年勤務していると、これらも結構な量になります。今回日赤を辞める時の引っ越し準備には、ずいぶん時間と手間を取られてしまいました。こうしたものの中には、病院で長く同じ時間を過ごした子どもたちやご家族からいただいたものも多く含まれています。高松日赤だけでなく、香川小児病院や徳島大学、さかのぼって東京時代や福島時代のものもあります。転勤や退院の時にもらった多くの手紙や絵、温かいプレゼント、一緒に闘病したことを綴った作文、僕の顔を模した人形など・・・。

5月下旬、出来上がったばかりのクリニックで、スタッフの女性陣が汗をかきながら一生懸命に医療器具や物品の整理をしていた時、新米の院長は院長室の片隅で、文房具や小物類、そしてたくさんの大切な品々を、一人思い出に浸りながら片付けていたのでした。ところが、入るはずのものが入りきらないのです。ダンボールから出して、以前に日赤で使っていたケースやボックスに以前と同じ入れ方で同じように並べようとしたのですが、いくらやっても入らないのです。仕方ないので散らかしたままであきらめていたのですが、数日経って気分転換、入れる方向や組み合わせをちょっと替えてみると、ちゃんと全部入ったんですね、当然のように。しかも、前よりも判りやすく探しやすくなって。見方や発想をちょっと変えただけでした。

子どもたちについても、同じようなことが言えると思います。見方を変えるとちょっぴり違うものが見えてくるかもしれない。・・・いつも弟をいじめてばかりのお兄ちゃんだけど・・・実は自分も弟みたいに可愛がって欲しいという幼い表現かも。いつも爪を噛んだり指を吸ったりしている女の子に“みっともないから止めなさい”を連発していたけれど・・・実はお稽古ごとやお小言が多すぎて緊張の連続なのかも。なかなか学校に行けなくて、なんとか行かせようと頑張らせている中学生・・・実は自分の良いところが見つけられずに学校で居場所がないのかも。いつも反抗ばかりしている高校生・・・実は自分の弱さを必死に隠そうとして突っ張っているだけなのかも。

視点や見方を変えてみたり、ちょっと立場を入れ替えて考えてみたり・・・そんなことから、接し方の糸口が見つかるかもしれません。

投稿者 staff : 22:18

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